金と銀の瞳
ある夜のことだ。
いくつもの人々が通っただろう一本の道に、金の瞳と銀の瞳を持つ犬が、ちょこんと後ろに何もない扉の前で座っていた。
その犬は、くる日もくる日もそこ動かず、ただそこに座っていた。
ある春の日。
桜が舞うころ。
そこへ女がやってきた。
すらりとしたブランドのかかった長い髪の女だった。
少しばかり甲高い声で犬に話しかけた。
「こんにちは。白い犬さん。こんな何もない所にいないで、うちに来ない?」
金の瞳と銀の瞳を持つ犬は黙っていた。
女は諦めて、そこを立ち去った。
ある夏の日。
蝉が鳴いている晴れたときのことだ。
白い犬のもとに男がやってきた。
ガッシリとした体をもつ男だった。
髪は短いと言うより、ほんの少し伸びていた。顔にはうっすらと無精髭、そして、手には大きな荷物を背負っていた。
男は、旅をしているんだと犬に言った。
そして、加えてこうも言った。
そんな所に座っているだけなんて、つまらないだろう?俺と一緒に来ないか?楽しいぞ。たくさんの建物や歴史、人々が見れるんだ。」
男は、大げさに手を広げてそう言った。
それでも金の瞳と銀の瞳を持つ犬は、少しも動きもせず、ただ黙っていた。
男はその後にも、白い犬に話しかけた。何も食べていないだろうと、食べ物を差し出したが、白い犬は動かなかった。少し叩いたりもしたが白い犬は動かなかった。
男もまた、諦めて旅に向かっていった。
ある秋の日。
落ち葉の中を楽しそうに歩いてくる小さな女の子が、犬のところにやってきた。
黒く長い髪に、目のくりくりとした可愛らしい女の子だった。
落ち葉の海から、ひとすくい、犬の頭から降りかけた。
「あ、目が動いた〜!!置物かと思ったけど、本物だ〜!!わあ!!ワンちゃんすごいね!!金と銀の目をしているんだね。宝石みたいでキレー!!ねえ、きれいな目のワンちゃん!私と遊んで!!」
女の子は、白い犬の毛を引っ張って、無邪気に言った。
しかし、白い犬は動かなかった。
女の子は、そんな白い犬に怒鳴り散らした。
「ねえ!!ワンちゃんは子供と遊ぶものなんだよ?!!そんな風に動かないものじゃないんだよ!!?ねえ、遊んで!!あたしと遊んでよ!!」
金の瞳と銀の瞳の白い犬は動かなかった。
しゃべりもしなかった。ただ、ただ黙っていた。
数時間、女の子は白い犬から離れず、何度も何度も、遊んで、遊んでと言った。そのうち女の子は泣きながら、その場を走り去っていった。
ある冬の日。
その日は、白い雪が深々と降っていた。
暗闇の中、いつもは見えない道が雪明かりで普段よりよく見えた。
そんな夜のことだった。ザシュ、ザシュと雪を踏みつける音が聞こえてきた。
すると、フードを被った人間が、白い犬の方へ歩いてきた。
茶色いコートのフードを被っているせいか、顔が見えない。
おそらく、12歳くらいの少年だろう。
少年は犬の前に来ると、犬に話しかけもせず、犬の隣に座った。
しばらく沈黙が続き、少年が閉ざしていた口を開けた。
「君の目、綺麗だね。その目で何を見ているの?」
金の瞳と銀の瞳をもつ白い犬は、動きもせず、また黙っていた。
少年は、それでも話し続けた。
「ここにいて、寒くない?」
白い犬は黙っていた。
「聞こえてる?」
白い犬は黙っていた。
少年は少し赤くなってしまった両手に、白くなった息を、はぁとかけて、体を強張らせた。そして、ちらちらと、銀の光を放つ雪を降らす空を見上げて、ポツリと呟いた。
「僕は、昔ね。約束をしたんだ。・・・・・・・・・約束したんだ・・・此処で・・・・・・。」
少年はゆっくりと、白い犬の方へ向き、口だけが動いたように言った。
「君は、ここで何をしているの?」
白い犬の目がその言葉に見開いたが、すぐに、いつもの平然とした瞳に戻った。
そして白い犬は遠くを見つめたまま、途切れ途切れだが、初めて口から言葉を発した。
「・・・・・・約束・・・した・・・。」
その声は、とても低く、安堵感のある声だった。白い犬は、ゆっくりと少年の方を向き、言い続けた。
「・・・帰ってくると・・・。・・・・・・あの人は…そう言った。だから・・・私は…あの人を待っている。待つと約束したのだから・・・。」
じっと白い犬を見ていたフードを被った少年は、その言葉を聞くと、フードの中から覗く空色の瞳でやさしく笑い、金と銀の瞳を持つ白い犬を、そっと抱きしめた。
いくつもの人々が通ったであろう一本の道に、ポツンと、後ろに何もない扉があった。
以前まで、そこに一匹の犬がいた。
本当に珍しい犬がいた。
しかし、今、ここを通る人には分からない。
分かるはずもない。そこにはもう居ないのだから。
分かるはずもない。金と銀の瞳を持つ白い犬は約束を果たしたのだから。
…あとがきにオマケ付(・v-)-☆